『パラノーマン ブライス・ホローの謎』魔女の正体に涙(ネタバレ感想)

『KUBO/クボ 二本の弦の秘密』で、すっかりスタジオライカの作品にはまった僕。

同じスタジオライカの過去作も見なければ!という使命感が芽生え、『コララインとボタンの魔女』に続き、

『パラノーマン ブライス・ホローの謎』を鑑賞しました。

コララインもかなり良い味出してたけど、パラノーマンの方が好きかも。

自分が理解できない者に対する恐怖により暴徒化する、人間の本質をついていたり、

魔女の正体が明かされていくうちに胸が締め付けられるような感情がわいて涙が出たり。

「子供向きの映画かな?」なんて思って見ると、良い意味で期待を裏切られますね。

もちろん子供も楽しめる内容ですが(ゾンビはちょっと怖いかな?)、ふたを開ければ大人向けのファンタジーとなっております。

個人的には、ストップモーションアニメでゾンビが見れたことに、とてつもない喜びを噛みしめております(笑)

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『パラノーマン ブライス・ホローの謎』あらすじ

死者と話をすることが出来る能力を持つノーマンはその能力を信じてもらえず、家でも学校でも変人扱いされていた。

そんな中、「頭がイカれたおじいさん」と町で有名となっていた大叔父が会いに来る。

大叔父も死者と話す能力を持っており、300年前に封印した魔女の呪いを抑えるために毎年魔女の墓場で、とある本を朗読しているという。

そしてそれを怠れば魔女は目を覚まし、7体のゾンビが蘇り町に危険が及ぶと言うのだ。

自分の死期を悟った大叔父は同じ能力を持つノーマンに、魔女の呪いを抑える役目を引き継いでくれと頼み亡くなってしまう。

急いで大叔父の死体から本を取り、魔女の墓場へ向かうノーマン。ところがいじめっこの邪魔が入り間に合わなくなってしまい、7体のゾンビが蘇るが・・・

感想(ネタバレあり)

ストップモーションのクオリティが異常

改めて、スタジオライカの職人ぶりを思い知らされました。

序盤でお父さんのたぷたぷのお腹がアップになるんですけどね、そのたぷたぷ感が恐らく本物を越えました。

「ぷるるん!」って効果音が鳴りそうなぐらい、繊細な動きするんですよ。まずそこに感動。

ノーマンから見える死者の世界も映像的にとてもきれいで、「こっちの世界の方が楽しいんじゃないか?」と思うほど。

魔女の正体に胸が締め付けられる・・・

ここからは、ネタバレ知りたくない方はストップです。

 

「300年前に抹殺された魔女」の正体は、ノーマンと同じく死者と話が出来る少女だったという悲しい事実。

「死者と話が出来る」というだけで人々から理解されず恐れられ、裁判にかけられ訳もわからず死刑になります。

どこに向けたらいいかわからない少女の恐怖は憎悪となり、自分を死刑に追いやった7人をゾンビとすることで、

「誰も傷つけるつもりがないにも関わらず、人から疎外され葬られる」という自分が味わった苦しみを彼らに与えることでしか表すことが出来なかったわけです。

ゾンビにされた7人は、自分達の過去の過ちを認め、ノーマンに助けを求めます。

その事実を知ったノーマンは、同じ苦しみを持つ少女に必死に歩み寄ります。それは、町を救うためではなく、少女を救うため。

「憎しみに支配された少女の魂を解放してあげたい」そんな思いでノーマンを拒絶する少女に近づきます。

「今君がしていることは、かつて君に苦しみを与えた彼らと同じだ」と説得するノーマン。

「私は違う!」と心を閉ざす少女。それでもノーマンは彼女に近づく事をあきらめない。

「苦しめた連中を呪っているうちに君は残酷になった」

「気づいてるだろ?長年の憎しみが、良い思い出を消している。君に優しかった人を覚えてないのか?大切な人を思い出して」

それでも拒絶する少女。ノーマンは最後の望みをかけて少女の手を握ります。

その瞬間、炎のように激しかった少女の怒りが消え、かつて自分を愛してくれた母親との思い出の場所に2人はいます。

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ラストのシーンも大好き

「自分をいじめた人に仕返ししたいと思わないの?」と聞いてくる少女にノーマンは、

「仕返ししたってどうにもならないよ」「世の中は悪い人だけじゃない。愛してくれる人もいるよ」と答えます。

「ここなら安らかに眠れそう」という少女は木の下でノーマンの肩に頭を預け、穏やかな顔で眠りにつき、光になって成仏します。

優しい・・・なんて優しい話なんだ・・・

少女が必要としていたのは、自分を理解しようとしてくれる人の心、人の手のぬくもりだったんですね。それだけで十分だった。

最後に

自分が理解できない(もしくは理解したくない)事に対し、恐怖を抱き排除しようとする。そんな本質が多かれ少なかれ、誰の心にもあると思うんです。

でもこの映画を見て、「理解出来るか出来ないかは関係なく、相手を理解しようとする気持ちが大事だんだ」と強く感じました。

自分が理不尽な目に会う側であっても、優しくしてくれる人だっているんですよね。1人でもいれば踏ん張れます。

「人と違くたって、理解しようと手を差し伸べてくれる人は必ずいる」

そんな希望をくれる映画でした。

ちなみに、この映画を制作したスタジオ・ライカのスタッフも、社会のはじき者の集まりなんだとか↓↓

主人公ノーマンに自分を重ね合わせて作っていたんですね。

「(社会に)溶け込まなくてもいい」ということをこの映画で伝えたかったとか、マジで励まされる・・・

スタジオライカ、これからも全力で応援したい!

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